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vol.35

がん研有明病院 名誉院長に聞く
シリーズ 第2回
(全3回)



「昔は効くかどうかわからない薬で一斉射撃をして、
効いたら儲けものというやり方でしたが、
いまはターゲットを絞り、効率よくがんを攻撃できるのです」
がん研究会有明病院 山口俊晴名誉院長

昔は効くかどうかわからない薬で一斉射撃をして、
効いたら儲けものというやり方でしたが、
いまはターゲットを絞り、効率よくがんを攻撃できるのです」
がん研究会有明病院 山口俊晴名誉院長

胃がんの名医として、がん治療の最前線で診療、
手術を行ってきたがん研有明病院の山口俊晴名誉院長から、
がんの最新動向と知っておきたい知識について聞く全3回シリーズ。
第2回は「がん治療の最前線」がテーマです。


5年相対生存率が伸びている要因は?

がんと診断された場合に、治療でどのくらい生命が助かるかを示す指標として、5年相対生存率があります。
数字が100%に近いほど治療で生命を救え、0%に近いほど治療で生命が救いにくいことを意味します。
「5年相対生存率 男女計」(図)のグラフを見ると、すべてのがんで5年相対生存率が伸びていることがわかります。

その要因は早期発見や治療法の進歩などさまざまです。

たとえば、肝臓がんは手術の技術力がすごく上がっていて、その影響があると思います。
膵臓すいぞうがんは極めて厳しい状況ですが、それでもわずかながら伸びています。膵臓すいぞう がんは早期発見が難しく進行が早いことから、手術だけで治すことが困難で、抗がん剤でがんを一定程度小さくしてから手術する方法が主流になってきました。


前立腺がんは、とても伸びているように見えますが、これは検診で早期に見つけて次から次へと治療した結果です。
そのがんが本当に発見してすぐに治療する必要があったのかどうか、僕は疑問に感じています。
もしかしたら、その人の人生に関係のないがんだったかもしれません。
がんには進行が早いもの、ゆっくりと進行するもの、中には時間の経過とともに自然に消えるものがあります。
自然に消えるがんは無理に治療する必要はありません。

神経芽細胞腫という小児がんがあります。子供ががんで亡くなるのは悲惨ですが、尿を使って早期発見して手当たり次第に治療をした時期がありました。
しかし、その後、発見したがんの中には消えてゆくものもたくさんあることがわかったのです。
これでは過剰治療と言わざるを得ません。
検診でがんを早期に見つけることは必ずしもいいことばかりではなく、がんの種類によっては見つけてもすぐに治療すべきではないものもあるのです。

高齢者の方の全身を徹底的に調べれば、治療の必要性があるかないかはさておき、多くの場合、がんは相当見つかると思います。

手術の傷が小さくなり、術後は早期に回復

 手術は非常に低侵襲ていしんしゅうになり、傷が小さく、出血量も少なくなってきています。
いまはお腹に5~12ミリ程度の小さな穴を開けて内視鏡などを挿入する腹腔鏡手術が主流です。

腹腔鏡手術では出血させないことがとても重要で、少量の出血でも、視野が真っ赤になって見えなくなってしまうため、手術ができません。
僕らの時代は切って血が出ても止血したらよいという感じでしたが、最近の手術では切ると出血しそうな血管があれば、必ず出血しないように処理をしてから切るようになりました。
1㏄でも出血を減らそうというスタイルに変化していて、腹腔鏡手術の出血量は、血液検査のために採血する程度になっています。
ただ、開腹手術よりも手術時間が長くなり、術者の負担が大きいというデメリットもあります。
そこで術者の負担を軽減する目的もあり、手術支援ロボット「ダヴィンチ」の開発・普及が進んできています。

手術の傷が小さくなったことで患者の回復がとても早くなりました。
これは術後の患者の回復状況などを見ると、すぐわかります。
なぜなら、痛がらないからです。痛みは当然、腹壁や胸など手術で切った部位に強く出ます。
胃や大腸などの内臓には痛覚がないため痛みません。
また、腹腔鏡手術では直接腸管や胃に触れることが少ないので、手術後の癒着(腸管や腹膜同士が炎症などのためにくっついてしまうこと)が減りました。

がん研でも胃がんの半分以上、大腸がんのほとんどは腹腔鏡手術で行われ、開腹手術は減っています。

誰でも痛くないほうがいいですよね。腹腔鏡手術で切った臓器はがんが散らばらないようにビニールの袋に入れて、小さな傷口からでもスムーズに取り出せるようにしたり、時には体内で小さくしてから取り出すなどの工夫をしています。

抗がん剤は副作用のコントロールが劇的に進歩

新しい抗がん剤の登場で薬物治療も進歩しています。
非常にいい吐き気止めの薬が出てきて、副作用をうまくコントロールできるようになりました。
昔は毎日ずっと抗がん剤を続けなくてはいけなかったのですが、いまは4週間投与したら2週間休むなど身体への負担の少ない方法が当たり前になりました。
がん細胞よりも正常細胞が回復するスピードが早いため、休んで回復したところで、がんが立ち上がらないうちに次の抗がん剤を投与します。

その結果、患者の負担がものすごく減って、抗がん剤治療を継続できるようになりました。
一番残念なのは、せっかく薬が効いたのに副作用のせいで続けられないことです。
そういう場合でも、あきらめずに一時休んでから再開したり、量を減らして投与したりします。その少しの差でまったく違った結果が得られます。

副作用をコントロールする薬はものすごく進歩していて、いまは強力なものがありますから、昔みたいに吐き気に苦しんで、のたうち回るようなことはありません。
ただ、いまだにそういうイメージが残っていて、抗がん剤を嫌がる患者はいます。そういう人にはきちんと説明して、「とにかくやってみましょう」「あなたが本当に苦しいと思ったらやめていいですから」と伝えると、だいたいの方は受けてくれます。


遺伝子を調べて治療する個別化医療の時代へ

がん細胞の表面にあるたんぱく質など特定の分子にだけ作用するように設計された分子標的薬が使われるようになりました。
昔は効くかどうかわからない薬で一斉射撃をして効いたら儲けものというやり方でしたが、いまはターゲットを絞り、効率よくがんを攻撃できるのです。
それがもっと進んだのが遺伝子パネル検査で、がんの発生にかかわる遺伝子異常を一気にたくさん調べて、一人ひとりの患者にふさわしい治療につなげることが可能になりました。


ただ、残念なのは遺伝子パネル検査で遺伝子異常が見つかっても、それに対応できる治療薬が少ないことです。
そのため、実際に治療につながったのは全体の15%程度にとどまっています。
こうした課題は今後、「この遺伝子異常にはこういう薬が効く」というデータが蓄積されることで、対応する治療薬の開発が進み、年々進歩していくでしょう。 アメリカではそれをずいぶん前からやっていました。日本は遅れていて、ようやくこの4~5年の間に始まりました。


分子標的薬が特に効いたのは肺がんです。ひと昔前の肺がんは本当に悲惨で治療成績も悪かったのですが、いまは術後相当長い間がんばっている患者が珍しくなくなりました。それと、いま注目を集めているのは、本庶佑先生のノーベル賞受賞で話題になった「ニボルマブ」という分子標的薬です。

この薬は免疫チェックポイント阻害薬という、いままでの抗がん剤とは違った、新しいタイプの薬です。

すべての患者に効くわけではありませんが、あらゆる手立てがないという方の中では一定の効果が見られます。

使い方の問題だとは思いますが、同様の新薬が次々に開発されていますので、今後の進歩に期待しています。
あと何年かしたら、個々の患者に合った最適な治療法を選択できる個別化医療の時代がくると思います。

患者の年齢や希望に沿った治療の選択を

がんにかかる高齢者が増えているわけですが、高齢者のがんには高齢者特有の課題があります。
たとえば、現在健康な85~90歳の方でもその5年相対生存率は50%を切っています。
そうした方に積極的な治療をするかどうかは十分に検討すべきでしょう。若い方のように5年相対生存率が100%に近い方なら、治療してきっちり治すのは当然です。 しかし、そうではない高齢者を治療して仮に数年間寿命が延びたとしても、術後は食事を減らされ、元気がなくなって食べても美味しくないということが起こり得ます。そんな状態が続くなら、その治療に本当に意味があるのかを考えなければなりません。最近では、高齢者にはそれぞれの状態や人生観に合った治療を個別に選択しようという流れになっています。


患者の年齢や個々の状態、患者本人の希望に応じて、治療方針を決定することがとても重要だと言えるでしょう。

 まとめ
・治療技術の進歩などにより、全がんで5年相対生存率が伸びている
・手術は患者の負担が少ない腹腔鏡手術が主流に
・新しい薬や発想の転換で抗がん剤の副作用が低減
・遺伝子を調べて最適な治療薬を選ぶことが可能になりつつある

第3回では「がんの正しい知識」をお届けします。

山口俊晴
(やまぐち・としはる)

がん研究会有明病院名誉院長
バリューHRビルクリニック院長

消化器専門医。1973年京都府立医科大学卒業。
2015年に公益財団法人がん研究会有明病院病院長、2018 年より名誉院長。2020年には、「人にやさしい検診」をコンセプトに検診サービスを提供する医療法人社団バリューメディカルバリューHRビルクリニックの院長に就任。
胃がんの「治療ガイドライン」の作成委員(初版から3版)を務め、NHK「今日の健康」「名医にQ」「チョイス@病気になったとき」などに胃がんの専門家として出演。著書に『がん患者・家族からの質問―担当医としてこのように答えたい』(へるす出版)などがある。

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今回は
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私たちに都合のいい お金の教科書”
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※対象書籍は毎号変わります。

患者の負担が少ない腹腔鏡手術を支援できるロボットの名前は?
  • ① ダーウィン
  • ② ダヴィンチ
  • ③ ルノー
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