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僕は85歳くらいまでは元気に生きたいと
考えていますが、亡くなったときに全身を解剖して、
『がんがあちこちに見つかった』
『でも人生とは関係ないがんだったね』
くらいがちょうどいいと思っています」
がん研究会有明病院 山口俊晴名誉院長

100秒メルマガでは、胃がんの名医として、がん治療の最前線で診療、
手術を行ってきたがん研有明病院の山口俊晴名誉院長に、がんの最新動向と知っておきたい知識についてお聞きしました。
全3回シリーズの第1回は「あらためて『がん』とは何か」をテーマにお届けします。


がんは誰もがかかり得る老化の病気

皆さんの中には、歳をとったらいずれがんにかかるかもしれないと不安を感じている方も多いと思います。
がんは老化に伴って発生する病気で、特に50代くらいから増えてきて、歳をとればとるほどかかかりやすくなります。
老人の病気と言ってもいいかもしれません。

なぜ、歳をとるとがんになるかというと、人間の細胞は常に分裂を繰り返していて、何度も細胞をコピーしているうちにエラーが起きます。
そのエラーが蓄積することによってできるのが、がんです。歳をとればとるほど、エラーが蓄積してきますから、がんにかかる人が増えるのは当たり前なのです。

一方、少ないながらも子供にがんができるのは、先天的に遺伝子に異常があるからです。80歳のお爺さんががんで亡くなるよりも小さな子供ががんで亡くなるほうがインパクトは大きいため、子供のがんが多いように錯覚しがちですが、数としては非常に少ないのです。

このことからも、がんは基本的に高齢者がなる病気だと言えるでしょう。死因を年齢別に見てみると、若いときは事故や自殺、やがて成人病や心臓病、そして、がんで亡くなる人が増えていきます。
私たちの生活環境の中には、病気をもたらす細菌(病原菌)が存在しています。しかし、病気は病原菌が存在するだけで発症するわけではなく、病原菌がはびこるような生活環境を放置することで発症します。そのため、きれいな水や空気、清潔で栄養価の高い食事が、健康的な生活送るためにも大事だと思います。生活習慣病という考え方は非常に重要です。がんの発生にも生活習慣が非常に大きく関係していることは医学的に明らかになっているからです。

では、がんが増えているのは、日本の環境が悪くなって発がん性物質が増加してきているからかというと、必ずしもそうではありません。
東京都はディーゼル車を規制し、都内の空気が非常にきれいになりました。河川の汚染も少なくなり、上下水道の整備も進んできました。がんが増えた最大の原因は環境の悪化ではなく、高齢者が増えたからです。人間が長生きするようになったことでがんにかかる人が増え、いまでは日本人の死因の4分の1くらいを占めるようになりました。

日本人の死因でもうひとつ注目したいのは老衰で、20年前と比較して増えています。老衰で死ねたら、人生めでたしめでたしであり、それ以上望むことはありません。病気で亡くなることが減り、多くの人が天寿を全うできる時代になってきたと言えるかもしれません。

治しやすいがんと治しにくいがんがある

 日本人は生涯のうちに男性で65.5%、女性で51.2%ががんにかかります。そのうち、がんで死亡する割合は男性で26.7%、女性で17.9%です。男女を比較すると、女性はがんになってもあまり亡くならないことがわかります。女性に多い乳がんは助かる確率が高いがんであることが、その理由のひとつです。

先日、アメリカ人歌手のオリビア・ニュートン=ジョンさんが乳がんで亡くなりました。初めてがんが見つかったのは43歳のときで、2度の再発があり、30年ほど闘病されていました。乳がんは10年後でも再発することがありますが、治療することで長生きする方も多く、オリビアさんのようなケースは決して珍しくありません。
これに対し、同じ再発でも膵臓すいぞうがんの場合はだいたい3~6か月で亡くなります。がんの種類によって怖さはまったく違うのです。

男性でも前立腺がんは95%の割合で治る病気です。ただ、男性には肺がん、食道がん、肝臓がんなど予後の不良ながんが多いため、女性よりは助かる割合が低いのです。
いまの時代、がんは特別な病気ではなく、誰もがかかり得る病気です。その一方で、克服できるがんも増えてきました。さらに、克服どころか、予防もできます。
なぜ、予防ができるかといえば、タバコをはじめ、ウイルスやピロリ菌などがんを促進する因子がわかってきたからです。やはり、一番肝心なのは、がんにならないように予防することです

また、いずれがんになるにしても、がんになる年齢をできるだけ遅くするという考え方も大切です。寿命に達するまでにがんができたとしても、かなり進行して症状がでないかぎり、がんになっても人生に大きく影響することはありません。僕は85歳くらいまでは元気に生きたいと考えていますが、亡くなったときに全身を解剖して、「がんがあちこちに見つかった」「でも人生とは関係ないがんだったね」くらいがちょうどいいと思っています。

がんを恐れるあまり極端に節制して、お酒も飲まない、肉もなるべく食べないといった仙人のような生活しても人生は楽しめません。どんなに節制しても長く生きれば、どこかでがんができる可能性はあります。そういう意味では、高齢になれば誰もががんになり得るということを自覚することは非常に重要だと思います。

がんは、若いときにかかる人もいます。先ほど男性のほうががんになる確率が高いというお話をしましたが、30歳くらいまでは女性のほうががんになる確率が高くなっています。
それは乳がんと子宮頚がんが若いときにかかりやすいからです。子宮頸がんはウイルスが原因であることが明らかになっていて、乳がんは西洋型になった食生活が原因だろうと言われています。どちらも早く見つかれば治せますから、きちんと検診を受けることが大切です。特に働き盛りの女性は注意したほうがよいでしょう。


がんを撲滅したいなら、抗がん剤よりも禁煙

 がんになる最大の要因はタバコです。日本人の平均寿命は男性が81.47歳、女性が87.57歳(2021年)ですが、男女の平均寿命の差は喫煙率の違いからきていると言ってもいいでしょう。健康のためにはタバコをやめることが重要で、もっと禁煙を推し進めるべきです。お酒も飲みすぎはいけませんが、悪さの度合いが全然違います。



図「部位別予測がん死亡数(2021年)」
出典:公益財団法人がん研究振興財団『がん統計2022』

 「部位別予測がん死亡数(2021年)」(図)を見ると、男性は肺が1位(5万2,600人)で圧倒的に多くなっています。女性は肺が2位(2万5,400人)ですが、死亡者数の差は歴然です。肺はタバコの煙の影響を直接受けます。同じ人間でありながら男女でこれだけの差が出るのは、喫煙率の違いが原因です。

タバコはその成分が唾液に溶け込んで、唾液を飲み込むことで食道にべったりとはりつきます。
そこから少し薄まりはしますが、胃の中へ、さらに薄まって大腸にまで届きます。タバコは肺だけでなく、すべてのがんのリスクに影響することがわかっています。
がんで亡くなる人を減らしたいなら、新たな抗がん剤を開発するよりもタバコをやめさせることを優先したほうが効果的です。
しかも、タバコは受動喫煙で周囲の人にも迷惑をかけます。喫煙したらだいたい45分くらいは影響が残るため、 喫煙後45分は人と接触するべきではありません。それぐらい徹底的にやらないとダメだと思います。もし、大気汚染を心配しているのに、平気でタバコを吸っている人がいるとしたら、おかしな話です。

日本でも幸いなことに喫煙率が年々下がってきていて、僕らの世代で80~90%だった男性の喫煙率は30%を切っています。女性の喫煙率は7~8%くらいですが、男女ともにゼロになることが理想です。
僕は医学部時代からの親友が10人いて、すでに6人は他界していますが、そのうち5人はスモーカーです。70代までにこれほど多くの同級生が亡くなってしまうとは夢にも思っていませんでした。興味深いのは年代別の喫煙率で、70代以上はものすごく低くなっています。これはなぜかというと、喫煙者の多くは70歳になるまでに亡くなってしまうからです。タバコを吸っていた同級生が次々に早逝するのも、当然といえば当然なのでしょう。

ただ、恐ろしいのは、タバコを吸っていなくてもがんになるということです。タバコを吸っていなかった僕の同級生3人のうちの1人は、肉腫という特殊ながんができて亡くなりました。肉腫は加齢とともに増加するがんです。

がんは絶対にかからないようにするのは不可能ですが、タバコなどリスクとなる因子を遠ざけ、生活習慣を改善し、かかりにくくすることはできるのです。

 まとめ
・がんは誰もがなり得る病気(生涯のうち男性で65.5%、女性で51.2%ががんになる)
・がんになる人が増えているのは、高齢者が増えたから
・がんになる時期をできるだけ遅くするという考え方も大切
・がんになる最大の要因はタバコ

第2回では「がん治療の最前線」をお届けします。

山口俊晴
(やまぐち・としはる)

がん研究会有明病院名誉院長
バリューHRビルクリニック院長

消化器専門医。1973年京都府立医科大学卒業。
2015年に公益財団法人がん研究会有明病院病院長、2018 年より名誉院長。2020年には、「人にやさしい検診」をコンセプトに検診サービスを提供する医療法人社団バリューメディカルバリューHRビルクリニックの院長に就任。
胃がんの「治療ガイドライン」の作成委員(初版から3版)を務め、NHK「今日の健康」「名医にQ」「チョイス@病気になったとき」などに胃がんの専門家として出演。著書に『がん患者・家族からの質問―担当医としてこのように答えたい』(へるす出版)などがある。

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