
知らぬ間に借金まみれになることも
睡眠負債という言葉があります。
これは睡眠の量を借金に例えた表現で、毎日の寝不足が少しずつ溜まっていくと、がて債務超過に達して様々な疾患を引き起こします。
50年前にスタンフォード大学のウィリアム・デマント氏が提唱したアイデアで、その後も多くの臨床試験で影響の大きさがわかってきました。
睡眠負債が怖いのは本人も気付かぬうちにじわじわと債務が増えていく点です。例え少しずつの寝不足でも、それが続くと返済が苦しくなり、家計が破綻します。
つまり心疾患やうつ病などの症状が出てしまい、手遅れの状態になってしまうのです。
このような現象が起きるのは、睡眠に日中のストレスを回復させる働きがあるからです。眠ることで、骨と筋肉の成長や免疫システムの強化を行いながら、記憶の整理をしてストレスを処理します。
しかし、長期にわたって睡眠負債が続くと、脳と体が受けたダメージを修復する時間がなくなり、処理されずに残った疲労やストレスは、少しずつ体を破壊してしまうのです。そして最終的に手のつけられない炎症になります。
睡眠負債は、本人に自覚がないまま債務がかさむことが怖いところです。
そこで、良質な睡眠がとれているか、そのサインを見ていきましょう。
①眠りに落ちるまでの時間が30分以内
②夜中に起きるのは1回まで
③夜中に目が覚めた場合は20分以内に再び眠ることができる
④総睡眠時間の85%以上を寝床で使っている
この4つを全て満たすことが、良い睡眠の最低条件です。
1つでも当てはまらない場合は睡眠負債の可能性は高くなります。
知らぬ間に借金まみれになることも

では睡眠負債を起こさない睡眠時間とは何時間なのでしょうか。
カリフォルニア大学のダニエル・F・クリプキ名誉教授が、
110万人の睡眠時間について、6年間追跡調査をしたところ、
睡眠時間が6.5から7.4時間の人々の死亡率が一番低かったと報告しています。
他にも7時間が一番死亡率が低いというアメリカでの疫学調査による報告があり、
アメリカの能力トレーニングサイトで行われた認知力テストでは、
認知力が高くなるピークの睡眠時間は7時間だという結果が出たそうです。
さらに7時間睡眠をプッシュする興味深い研究があります。
テロメア研究の第一人者、エリザベス・ブラックバーン博士は、
2009年にテロメラーゼの発見でノーベル医学生理学賞を受賞しています。
テロメアとは、DNAを格納する染色体の端末部分のことで、ギリシャ語の末端(テロ)部分(メア)から名付けられました。
細胞は何度か分裂を繰り返すとやがて分裂を停止しますが、
これは最初長かったテロメアが短くなり、遂になくなったことを意味します。
生物は細胞が分裂停止すると老化の一途をたどることになりますが、
実際に、老化した動物やクローン羊のテロメアも短かったことが報告されており、
テロメアは細胞の寿命を示す一つの目安として「命の回数券」とも呼ばれています。
テロメアの短縮は細胞分裂だけでなく、ストレスや運動不足、
喫煙などの生活習慣でも起きることがわかっており、
また、テロメアの短縮ががんや動脈硬化、心筋梗塞、認知症といった病気と関係していることもわかってきています。
つまり、不健康な生活習慣で「命の回数券」を無駄遣いすると、
命に関わる病がどんどん近づいてくるということです。
その「不健康な生活習慣」のひとつが睡眠負債の蓄積です。
ブラックバーン博士のテロメアと睡眠時間の研究論文で、
「毎日5~6時間しか眠らない高齢者はテロメアが短い傾向にあるが、
7時間以上睡眠をとっている高齢者のテロメアは、
中年とほぼ同じかそれ以上長い」と言っています。
睡眠時に成長ホルモンが出て細胞の修正や再生を行うことを考えると、睡眠不足が細胞の寿命に関与するという報告にはなかなか説得力があります。
最新の研究からも裏付けられる「7時間睡眠」の必要性。
将来のためにも、明日のパフォーマンスのためにも、死守すべき時間と言えるでしょう。